
通勤中に事故に遭ってしまった。
労災保険も使えるみたいだけど、使った方がいいの?
この記事は、このような状況で困っている方のために書いています。
こんにちは!弁護士の山形です。
今回は、通勤中・勤務中・帰宅中に事故に遭ってしまった方のために、労災保険のポイントについて解説しています。
労災を使った方が良いのかどうか迷っている方はぜひ参考にしてみてください。
本記事を執筆した弁護士
目次
この記事の結論
- Q1. 交通事故で労災保険を使うメリットは?自賠責とどちらを使うべき?
- A1. 労災保険の主なメリットは①治療費に上限がない、②被害者の過失による減額がない、③休業特別支給金(給付基礎日額の20%)が損益相殺されず受け取れるの3点です。自賠責保険の傷害分は120万円が上限(自動車損害賠償保障法施行令2条)で、休業損害も原則1日6,100円(上限19,000円)に制限されます。被害者の過失が大きい場合・治療費が高額化する場合は労災先行が原則有利です。
- Q2. 通勤中の事故はどこまで労災の対象になる?
- A2. 労災保険法7条2項の通勤とは「就業に関し、住居と就業場所等の間を合理的な経路及び方法で往復すること」です。経路を逸脱・中断した場合は原則通勤とは認められませんが(同条3項)、日用品の購入・病院受診・投票・介護など「日常生活上必要な行為」(労災保険法施行規則8条)をやむを得ず行う場合は、経路に復した後は再び通勤災害として扱われます。飲み会や寄り道での私的な中断は原則認められません。
- Q3. 休業特別支給金は本当に損害から引かれない?根拠は?
- A3. 最高裁判所平成8年2月23日判決(民集50巻2号249頁、コック食品事件)が、休業特別支給金は労働福祉事業として支給されるもので損害填補の性質を有しないと判示しました。つまり相手方保険会社からの賠償金と別途、給付基礎日額の20%をそのまま受け取れます。日本損害保険協会も「両方の保険に請求することで最大120%の補償が受け取れる可能性がある」と公式に解説しています。
- Q4. 労基署で「自賠責優先で」と言われたら従うべき?
- A4. 従う必要はありません。これは行政の運用上の通達に基づく案内であって、被害者に労災先行を強制する法的根拠はありません。被害者には労災・自賠責のどちらを先行させるかを自由に選択する権利があります(ただし同一事由の二重取りは不可)。過失が大きい、治療が長引くと見込まれる、過労死ラインの通勤時間など不安要素がある場合は、迷わず「労災を使いたい」と告げてください。
労災保険のポイント|交通事故でも使える公的保険
交通事故は、勤務中に発生することもありますし、通勤途中に発生することもあります。このような事故の場合、あなたは、労災保険によって補償を受けることができます。
労災保険には、自賠責保険にはない独自のメリットがたくさんあります。特に、被害者に過失がある場合や、治療が長引いて自賠責の120万円枠を超えそうな場合には、労災保険が被害者救済の切り札になります。次に説明する条件に当てはまる場合は、労災保険の使用を積極的に検討してみてください。
労災保険を使える条件とは?|業務災害と通勤災害の基礎
労災保険法7条1項は、保険給付の対象となる災害として「業務災害」と「通勤災害」を定めています。それぞれの要件を順に見ていきましょう。
通勤中の事故|「合理的な経路・方法」が決め手
通勤中の事故のすべてが労災の対象となるわけではありません。労災の対象となるためには、その通勤経路が「合理的なもの」であることが必要です(労災保険法7条2項)。
厚生労働省の通達・東京労働局の解説によれば、「合理的な経路・方法」とは、一般に労働者が用いる経路や交通手段を指します。通常利用する経路が複数あれば、いずれも合理的な経路と認められます。道路工事等による迂回、マイカー通勤者が駐車場を経由する経路も、やむを得ない範囲で合理的な経路とされます。
反対に、合理的な理由もなく著しく遠回りするケースや、通勤中に仕事と関係のない私用のために寄り道をした場合は、通勤中の事故と認められません。
ただし、労災保険法7条3項但書・同法施行規則8条により、以下の「日常生活上必要な行為」を、やむを得ない事由により最小限度で行った場合は、逸脱・中断中を除き、経路に復した後は再び通勤と認められます。
- 日用品の購入その他これに準ずる行為
- 職業訓練、学校教育法1条の学校で行われる教育その他これに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するもの
- 選挙権の行使その他これに準ずる行為
- 病院・診療所での診察または治療その他これに準ずる行為
- 要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹及び配偶者の父母の継続的・反復的な介護
一方、通勤帰りに居酒屋で飲酒・会食したり、映画館に立ち寄ったりした場合は、「日常生活上必要な行為」に当たらず、その後に事故に遭っても通勤災害と認められない可能性が高いので注意が必要です。
仕事中の事故|「業務遂行性」と「業務起因性」
仕事中の事故で労災保険を使うためには、その事故が「業務災害」と認められる必要があります(労災保険法7条1項1号)。業務災害と認められるには、実務上、「業務遂行性」(使用者の支配下にあったか)と「業務起因性」(業務に起因する災害か)の2つの要素が問われます。
業務時間内であっても、仕事と関係ないことをしていたときの事故は業務災害と認められません。たとえば、昼休みに私的な買い物に出かけた際の事故などは、業務災害ではなく通勤災害でもないため、労災の対象外となるケースが多くあります。
なお、出張中の事故は、出張業務全体を1つの「業務」として広く捉えるため、比較的業務災害と認められやすい傾向にあります。ただし、出張先での全くの私用中の事故(夜間に観光に出かけての事故など)は業務災害と認められません。
業務災害・通勤災害の認定は、事実関係の細部で結論が変わることがあります。「会社が『これは労災じゃない』と言ったから」と諦める前に、事故当時の状況・経路・目的を整理し、労働基準監督署や弁護士に相談することをおすすめします。労基署は比較的中立的に判断してくれますが、事案によっては意見書を準備した方が認定されやすくなるケースもあります。
労災保険のメリット|自賠責と比較して4つのポイント
交通事故が同時に労災事故となる場合、自賠責保険よりも労災保険を使うことで得られるメリットがたくさんあります。順番に見ていきましょう。
メリット①|療養(補償)給付に上限がない
労災保険の療養(補償)給付には、自賠責保険のような上限がありません。
自賠責保険の傷害分は、治療費・休業損害・慰謝料など全て合わせて1事故あたり120万円が上限です(自動車損害賠償保障法施行令2条)。この上限を超える場合、加害者が任意保険に入っていなければ、治療費は過失割合に応じてあなたの負担となってしまいます。
これに対し、労災保険の療養給付は、治療が必要な限り金額上限なく支給され続けます。あなたに過失があっても治療費を負担する必要はありません。
メリット②|過失による減額がない
労災保険には、被害者に過失があっても減額される仕組みがありません。
これに対し自賠責保険では、被害者の過失が7割以上になると「重過失減額」が適用され、過失7割以上8割未満で傷害分は2割減額、後遺障害・死亡分も過失の程度に応じて2割〜5割減額されます(自動車損害賠償責任保険の保険金等の支払基準)。
つまり、あなた自身にもそれなりの過失が認められそうなケースでは、労災の方が補償が厚くなるのです。過失割合が争われているような事故では、労災の使用を積極的に検討すべきでしょう。
メリット③|休業特別支給金が別途もらえる(最大120%補償の可能性)
休業給付や障害給付には、損益相殺の対象とならない「特別支給金」が上乗せで支給されます。
具体的には、休業給付が給付基礎日額の60%、休業特別支給金が20%、合わせて1日あたり80%相当が労災から支給されます(労災保険法14条、労働者災害補償保険特別支給金支給規則)。
ここがポイントですが、このうち特別支給金の20%部分は、相手方保険会社からの賠償金から差し引かれる「既払い金」には該当しません。最高裁判所平成8年2月23日判決(民集50巻2号249頁、コック食品事件)は、「特別支給金は労働福祉事業の一環であり、損害を填補する性質を有しない」として、損益相殺の対象外であることを確定させました。
日本損害保険協会の公式サイトでも、「両方の保険に請求することで最大120%の補償が受け取れる可能性がある」と解説されています(損害保険Q&A、交通事故被害者サポートナビ)。
数字で見る具体例|月収30万円の会社員が60日休業した場合
- 給付基礎日額:30万円×3ヶ月÷92日 ≒ 9,782円
- 労災の休業給付(60%):9,782円×0.6×(60-3)日 ≒ 334,545円
- 休業特別支給金(20%):9,782円×0.2×(60-3)日 ≒ 111,515円
- 加害者側からの休業損害(弁護士基準・実収入満額):9,782円×60日 ≒ 586,920円
- 合計:約1,032,980円(実損害の約176%に相当するよう見えますが、実際には労災の休業給付分(60%分)は加害者賠償額から控除されるので、手元に残るのは 約698,435円、つまり実損害比約119%)
※簡易シミュレーションであり、個別事情により結果は変わります
メリット④|費目間の流用がない(過失が大きくても他の費目を削られない)
少し専門的な話になりますが、労災保険給付は損益相殺の対象となる一方で、「費目拘束性」(費目間流用の禁止)があるというメリットがあります。
最高裁判所昭和62年7月10日判決(民集41巻5号1202頁、青木鉛鉄事件)は、労災保険の休業補償給付は「逸失利益(消極損害)」としか同性質でないと判示しました。つまり、労災から休業給付として受け取った金額は、相手方保険会社が支払う賠償金を計算する際、慰謝料や治療費など他の費目の損害額からは控除できないのです。
具体例で説明します。たとえば、被害者の過失が大きく、労災からの休業給付が実際の休業損害額を上回ってしまったとしても、その「もらいすぎ」の部分を慰謝料などから差し引くことはできません。これに対し自賠責の場合は、こうした費目間の流用が起こりえます。
労災保険のデメリット|自賠責と比較して3つの注意点
ケースによっては、労災保険よりも自賠責保険を先行させた方が良いこともあります。自賠責と比べた労災保険のデメリットは以下のとおりです。
デメリット①|慰謝料が支給されない
自賠責保険では、入通院慰謝料(1日4,300円)や後遺障害慰謝料(等級に応じ32万円〜1,150万円)などの慰謝料が支払われます。しかし、労災保険は「労働者の収入減や治療費を補償する制度」であり、慰謝料の補償はありません。
慰謝料については、別途、加害者や相手方保険会社に請求する必要があります。
デメリット②|休業損害の補填割合が実額より低い
自賠責保険では、休業損害は原則1日6,100円、立証により実収入に基づいた日額(上限19,000円)まで支給されます(自賠責支払基準)。
これに対し労災保険の休業補償は、給付基礎日額の80%(休業給付60%+特別支給金20%)が上限です。
よって、休業による実損害全額を労災だけではカバーしきれません(ただし、特別支給金は損益相殺されないため、相手方への請求と合計すると実損害の100%を超える補償を受けられるケースもあります)。
デメリット③|治療費以外の費目(雑費・付添看護費など)が対象外
自賠責保険では、診療費のほか、入院雑費(1日1,100円)や近親者付添看護費(入院1日4,200円・通院1日2,100円等)なども支払われます(自賠責支払基準)。
これに対し労災保険の療養給付では、診療費(治療費・入院費・看護料・移送費等)しか支払われません。そのため、入院雑費・付添看護費などは、別途、加害者や相手方保険会社に請求することになります。
労災と自賠責、どっちを先に使うべき?|判断チェックリスト
労災と自賠責は、同じ費目について「二重取り」はできません。どちらか一方を先行させる必要があります。
自賠責保険を先行させた場合(「自賠先行」)、自賠責から支払われた金額のうち同一の事由によるものは労災給付から控除されます。
労災保険を先行させた場合(「労災先行」)、同一事由について自賠責から支払を受けることはできません。
どちらを選ぶかは、以下のチェックリストを参考に判断しましょう。
「労災先行」を検討すべきケース
- 被害者自身の過失が大きい、または大きいと主張される可能性がある(特に7割以上になりそうな場合)
- 治療費が高額化する見込みがある(自賠責の120万円枠を超えそう)
- 治療が長期化する見込みがある(むちうち・骨折・手術が必要なケース等)
- 加害者が任意保険未加入、または逃走・身元不明
- 加害者の任意保険会社が治療費の打ち切りを早期に示唆してくる
「自賠先行」で足りるケース
- 治療が短期間で終わりそう(通院1〜3ヶ月程度の軽傷)
- 被害者の過失がゼロ、または極めて小さい
- 加害者の任意保険会社が誠実に対応している
いずれにせよ、弁護士基準(裁判基準)から見て不足する部分は、最終的に加害者の保険会社から回収することになります。あなたが治療費や生活費に困っておらず、加害者側の資力(自賠責・任意保険の加入)が確実であれば、まずは労災を先行させて休業特別支給金を確保し、その後、加害者側保険会社から残りを回収するという流れが、最も手取り額が大きくなるパターンが多いです。
労災保険の具体的な使い方|申請手続きの3ステップ
STEP1|病院での届出(労災指定病院かどうかで書式が変わる)
病院を受診したら、まず労災保険を使用したい旨を申告します。その際、受診した病院が労災指定病院かどうかで提出書類が異なります。
- 労災指定病院の場合:「療養補償給付たる療養の給付請求書(業務災害:様式第5号/通勤災害:様式第16号の3)」を作成し、病院に提出します。病院から労災保険に直接請求されるため、窓口で治療費を支払う必要はありません。
- 労災指定病院以外の場合:いったん治療費を自己負担で支払い、「療養補償給付たる費用請求書(業務災害:様式第7号/通勤災害:様式第16号の5)」を作成して病院の証明を受け、領収書を添付して管轄の労働基準監督署に提出します。
上記書面は、厚生労働省のHPからダウンロードできます。病院で用意してくれている場合もあります。
STEP2|労基署の窓口での「自賠責優先」案内に要注意
労基署に労災請求をする際、窓口で「自賠責保険を先に使ってください」と言われることがあります。これは、昭和41年の労働省通達などに基づく運用ですが、あなたに自賠責先行を法的に強制する根拠はありません(日本損害保険協会の公式解説でも、被害者が選択できる旨が明記されています)。
「労災保険を使いたい」とはっきり伝え、そのまま労災請求の手続きを進めるようにしましょう。労基署も労災請求自体を拒むことはできません。
STEP3|第三者行為災害届の提出
業務災害や通勤災害に該当する交通事故では、加害者は「第三者行為災害における第三者」に当たります。そのため、労災請求時に「第三者行為災害届」を労基署に提出する必要があります。
第三者行為災害届には、交通事故証明書、念書、示談書(成立している場合)、相手方の自賠責証明などの資料を添付します。詳細は厚生労働省「第三者行為災害のしおり」を参照してください。
よくある失敗パターン
①労災なのに健康保険で受診してしまう:後日返還が必要になり、示談成立後だと相手方保険会社や労災から回収困難に。気づいたら直ちに病院・労災に切替相談を。
②示談書に労災未反映のまま署名してしまう:労災から将来受け取る給付が既に示談で処理されたと扱われ、二重取りにならないよう給付停止されるリスクがあります。
③特別支給金を賠償金から差し引かれて示談してしまう:本来控除不要なのに、保険会社の提示した示談書をそのまま受け入れ、損をしているケースが少なくありません。
こんな方は今すぐご相談を|静岡城南法律事務所の無料相談
労災保険と自賠責保険の使い分けは、最終的な受取額に数十万〜数百万円単位の差を生むことがあります。以下のようなお悩みをお持ちの方は、できるだけ早い段階でご相談ください。
- 通勤中・仕事中の事故で、労災を使うべきか自賠責を使うべきか迷っている
- 会社から「労災は使うな」「自賠責でやれ」と言われて困っている
- 労基署や保険会社から「自賠責先行で」と案内され、不利になっていないか不安
- 保険会社から提示された示談金額が、本当に特別支給金などを適切に反映しているか確かめたい
- 被害者自身の過失が大きく、自賠責での重過失減額が気になる
当事務所では、交通事故に関するご相談を無料で承っております(対面・Zoom・電話・メール・LINE、全国対応)。お車の方には近隣コインパーキングのご案内もしております。
また、あなたが加入している任意保険に「弁護士費用特約」が付帯している場合、弁護士費用の自己負担なく依頼できる可能性があります。特約の有無がわからない場合も、当事務所で保険証券のチェックをお手伝いいたしますので、お気軽にお問い合わせください。
まとめ|労災保険を使いこなして「取りこぼし」を防ぐ
今回は、交通事故で使える労災保険のメリット・デメリット、自賠責との使い分け、申請手続きについて解説しました。
特に重要なのは、①労災の特別支給金(20%)は最高裁判例により損益相殺の対象外であること、②過失が大きい・治療が長引くケースでは労災先行が原則有利であること、③労基署の「自賠先行」案内に従う法的義務はないこと、の3点です。
通勤中や仕事中に事故に遭ってしまった方は、ぜひ当記事をブックマークのうえ、必要に応じて弁護士への相談もご活用ください。



