
裁判基準、自賠基準って何?
裁判基準よりも自賠基準の方が有利な場合があるの?
この記事は、このような疑問をお持ちの方のために書きました。
こんにちは!弁護士の山形です。
今回は、裁判基準よりも自賠基準の方が有利になる場合について解説しています。
保険会社との交渉中で、示談か裁判か迷っている方は、ぜひ参考にしてみてください。
本記事を執筆した弁護士
目次
この記事の結論
- Q1. 裁判基準より自賠基準の方が高くなるのはどんなケース?
- A1. 典型は①実際の減収日額が6,100円以下(または立証が難しい)休業損害、②被害者の過失が7割以上の重過失事故の2類型です。自賠責保険の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)では、休業損害は立証がなくても日額6,100円が認められ、過失相殺も7割未満なら減額されません。たとえば専業主婦・アルバイト・高齢者・赤字の個人事業主などは、裁判で実損を立証するより自賠責の定額処理の方が有利になることがあります。
- Q2. なぜ被害者に有利な「弁護士基準(裁判基準)」より自賠責の方が高くなる逆転現象が起きるの?
- A2. 自賠責は「被害者の最低限の救済」を目的とする定額処理なのに対し、裁判基準は「実損の賠償」を原則とするためです。実損が小さい被害者には自賠責の定額ルール(休業損害日額6,100円、過失7割未満は減額なし)が有利に働きます。また最高裁平成18年3月30日判決(民集60巻3号1242頁)は、自賠責の支払基準は裁判所を拘束しないと判示しており、裁判で争うと「自賠責より下がる」リスクも明確に認めています。
- Q3. 具体的にいくら差が出る?シミュレーションを教えて。
- A3. 例:専業主婦が通院6か月(実通院60日)、治療費30万円、過失3割のケース。自賠基準では傷害部分の上限120万円が過失相殺なしでほぼ満額支払われる一方、裁判基準で入通院慰謝料89万円+治療費30万円=119万円から3割減額で約83万円となり、自賠基準の方が30万円以上高い結果になることもあります。被害者の過失が8割の死亡事故では、自賠責は3,000万円×0.7=2,100万円が支払われますが、裁判では損害額から8割減額されるため、自賠責が大きく上回るケースも珍しくありません。
- Q4. 裁判と示談、どっちを選ぶべき?判断のポイントは?
- A4. 「自賠基準と裁判基準のどちらが高いか」は一律には決まらず、必ず両方の試算を比較することが必須です。特に①被害者の過失が7割以上ありそう、②実収入の日額が6,100円を下回る、③自賠責既払金120万円で収まりそうの3点に1つでも当てはまる方は、訴訟提起が逆効果になる危険があります。判断を誤ると数十万〜数百万円の差が出ますので、弁護士費用特約が使えるか確認のうえ、交通事故専門の弁護士に必ずセカンドオピニオンを求めてください。
裁判基準・任意保険会社基準・自賠基準とは?交通事故の3つの損害算定基準
交通事故によって発生した損害の算定基準には、①裁判基準、②任意保険会社基準、③自賠基準という3つがあります。同じ事故でも、どの基準で計算するかで賠償額が数十万〜数百万円単位で変わります。
①裁判基準(弁護士基準)
裁判所が損害額を算定する際に参考にする基準です。日弁連交通事故相談センター東京支部が毎年発行する「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(通称「赤い本」)や、同センター本部発行の「交通事故損害額算定基準」(通称「青本」)にまとめられています。弁護士は交渉段階でもこの基準で請求するため、「弁護士基準」とも呼ばれます。3つの基準の中で通常もっとも高額になります。
②任意保険会社基準
各任意保険会社が社内で独自に定める基準で、非公開です。裁判基準よりも低く、自賠基準に近い水準で提示されることが多く、被害者が自力で交渉しても裁判基準まで引き上げることはほぼ不可能です。
③自賠基準
自賠責保険の保険金額を算定する基準で、「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)という告示で細かく金額が定められています。被害者の最低限の救済を目的とする強制保険の基準のため、原則として3基準の中でもっとも低額です。
3つの基準の比較表
| 項目 | 自賠基準 | 任意保険会社基準 | 裁判基準 |
|---|---|---|---|
| 入通院慰謝料日額 | 4,300円 (2020/3/31以前は4,200円) |
非公開(自賠に近い) | 「赤い本」別表で期間単位で算定 |
| 休業損害の日額 | 原則6,100円 (2020/3/31以前は5,700円) |
実収入ベースが基本 | 実収入ベース |
| 傷害部分の上限 | 120万円 | 上限なし | 上限なし |
| 後遺障害の上限 | 75万円〜3,000万円 (要介護1級は4,000万円) |
上限なし | 上限なし |
| 過失相殺 | 7割以上のみ減額 (20〜50%) |
過失割合どおり減額 | 過失割合どおり減額 |
裁判基準より自賠基準の方が高くなる「逆転現象」が起きる仕組み
通常は、裁判基準で算定した方が自賠基準よりも損害額は大きくなります。しかし、ケースによっては自賠基準の方が高くなる「逆転現象」が起き、示談で自賠責保険金だけ受け取った方が結果的に得をする、ということがあります。
なぜこのような逆転が起きるのか?理由は、自賠責が「実損主義」ではなく「定額主義・被害者保護主義」を取っている点にあります。休業損害は実損ではなく日額6,100円が出発点になり、過失相殺も7割未満では行われません。この「被害者救済の上げ底」が、実損の小さな被害者や過失の大きな被害者にとっては、裁判基準を上回る結果を生むのです。
そして、この論点で見落とされがちなのが、最高裁平成18年3月30日第一小法廷判決(民集60巻3号1242頁)です。この判例は、自賠責保険の支払基準は裁判所を拘束しないと明確に判示しました。その後、最高裁平成24年10月11日第一小法廷判決(集民241号75頁)では、「裁判基準の方が自賠責支払基準より低いケース」にも同じ理屈を及ぼすことを確認しています。
つまり、「裁判を起こせば必ず示談より多くもらえる」というのは誤解で、自賠基準の方が有利なケースで裁判を起こすと、裁判所は自賠責支払基準に縛られないため、かえって減額される危険があるのです。
以下、具体的にどんなケースで逆転現象が起きるのか、代表的なパターンを紹介します。
パターン1:休業の実損害が少ないケース
自賠基準の休業損害の算定方法は、独特なものとなっています。
裁判では、たとえば自営業者の休業損害の日額は、確定申告書などに基づいて実際の減収額で計算されます。減収がなかったり、赤字事業だったりすると、休業損害が大幅に減額または否定されることもあります。
ところが、自賠責保険の支払基準(告示第1号・第2の2)では、「休業による収入の減少があった場合又は有給休暇を使用した場合に1日につき原則として6,100円」と定められています(2020年3月31日以前の事故の場合は5,700円)。家事従事者(主婦・主夫)については、休業による収入の減少があったものとみなされます。実収入の日額が6,100円を上回る場合は、立証資料により実額(1日最大19,000円まで)が認定されます。
そのため、実際の減収が日額6,100円よりも少ないケースや、減収額の立証が難しいケースでは、裁判基準よりも自賠基準の方が高い休業損害が認定されることがあります。
▶ 逆転現象が起きやすい被害者の典型例
- パート・アルバイトで日額6,100円未満の収入しかない方
- 専業主婦・専業主夫(賃金センサス女性全年齢平均を使うと実際の家事労働より低額になるケース)
- 赤字申告している個人事業主(裁判では休業損害が否定されがち)
- 年金生活者や定年退職後の方
- 事故当時、無職・就職活動中だった方(裁判では休業損害が認められにくい)
弁護士の実務コメント:確定申告書を作成していない個人事業主の方や、帳簿不備で実損の立証が難しい方は、安易に訴訟に踏み切ると、「休業損害の立証ができない」として大幅に減額されるリスクがあります。まずは自賠責の被害者請求で120万円枠を確保してから、残りの損害について任意保険と交渉する、という二段階戦略が有効なケースも少なくありません。
パターン2:あなたの過失が大きい(7割以上)ケース
次に、被害者の過失が大きいケースでも注意が必要です。自賠基準では、被害者の過失割合に比例した損害賠償額の減額(過失相殺)は、原則として行われません。告示第1号・第6で定められた「重大な過失による減額」により、被害者に7割以上の過失が認められる場合についてのみ、20%〜50%の定額減額が行われる仕組みになっています。
| 被害者の過失割合 | 後遺障害・死亡 | 傷害 |
|---|---|---|
| 7割未満 | 減額なし | 減額なし |
| 7割以上8割未満 | 20%減額 | 20%減額 |
| 8割以上9割未満 | 30%減額 | 20%減額 |
| 9割以上10割未満 | 50%減額 | 20%減額 |
※傷害による損害額(後遺障害・死亡に至る場合を除く)が20万円未満の場合は減額されず、減額により20万円以下となる場合は20万円が支払われます。
裁判基準(民事裁判)では、被害者の過失が5%でも10%でも、その割合どおりに損害額から減額されます。したがって、被害者に7割以上の過失が認められるケースでは、自賠基準によって算定された自賠責保険金の金額の方が裁判基準の金額よりも高くなることがあるのです。
具体例:死亡事故・被害者過失8割のケース
被害者が死亡し、損害額が裁判基準で算定して7,500万円、被害者の過失が8割と認定されたケースを考えてみます。
- 裁判基準:7,500万円 × (1-0.8) = 1,500万円
- 自賠基準:死亡保険金額3,000万円 × (1-0.3) = 2,100万円(被害者過失8割以上9割未満は30%減額)
この場合、自賠基準で請求した方が600万円多く受け取れる計算になります。実際、この類型の事案は最高裁平成24年10月11日判決の事案そのもので、最高裁は「裁判所は自賠責支払基準によることなく損害額と過失割合を算定して支払を命じなければならない」と判示しています。裁判に持ち込むと自賠責より減額されることが明確にされたわけです。
具体例:傷害事故・被害者過失9割のケース
被害者に軽傷があり、自賠基準で算定した傷害損害額が120万円、過失が9割のケース。
- 裁判基準:たとえば損害100万円 × (1-0.9) = 10万円
- 自賠基準:120万円 × (1-0.2) = 96万円
実に9倍以上の差が出る計算です。
▶ 弁護士からの注意喚起
実務で特に怖いのは、訴訟で過失割合が裁判所により被害者不利に認定されると、その過失割合は自賠責保険への請求についても拘束すると判示されている点です(最高裁平成24年10月11日判決)。つまり、過失割合を軽くみて訴訟を起こし、結果的に裁判所が被害者の過失を8〜9割と認定してしまうと、その後で自賠責に「定額処理」を求めても、裁判所の過失割合に従って処理されることになります。「裁判で負けても自賠責があるから大丈夫」という楽観は通用しません。
後遺障害事案で特に注意すべきこと
労働能力喪失率に注意 ― 自賠責認定は裁判所を拘束しない
被害者に後遺障害が残ってしまったケースでは、自賠責が認定した後遺障害等級に応じた労働能力喪失率(たとえば12級なら14%、14級なら5%など)が裁判でも必ずそのまま認められる、とは限りません。
後遺障害の種類や実際の被害者の仕事内容によっては、自賠責が認定した労働能力喪失率とは異なる喪失率を裁判所が採用する場合があるのです。
これは、自賠責が、それぞれの後遺障害等級に対応する労働能力喪失率を機械的に認定するのに対して、裁判では「具体的な労働能力喪失」が問題となるからです。判例実務上、加害者側から十分な反証がなければ自賠責の認定どおりに維持されることが多いものの、反対に、以下のような場合は自賠責認定より労働能力喪失率が引き下げられる(=賠償額が減る)ことがあります。
- デスクワーク中心の被害者が下肢の機能障害で後遺障害が認定されたが、仕事にほとんど支障がないケース
- むちうち(14級9号)で、被害者の収入が事故後も減っていないケース
- 外貌醜状の後遺障害で、接客業ではないケース
もちろん、自賠責認定より有利な労働能力喪失率が裁判で認められる例(たとえば顔の醜状がモデルや芸能人にとって致命的となるケースなど)もあります。「裁判の方が常に有利」ではないことを理解しておく必要があります。
自賠基準の支払上限に注意
自賠基準から支払われる治療費や休業損害、慰謝料などの傷害部分については、120万円という上限が定められています(自動車損害賠償保障法施行令別表)。後遺障害部分は等級に応じて75万円〜3,000万円(要介護1級は4,000万円)、死亡部分は3,000万円が上限です。
そのため、たとえば先ほど説明した休業損害について自賠基準の方が高い額が認定されるようなケースでも、治療費等が多く掛かっていて既に支払上限を超えているようなケースでは、結局、自賠責から追加で支払われる金額はないということになります。
傷害部分の内訳をよく確認して、「限度額120万円のうち、何に、いくら使われたか」を把握することが、自賠責を使い切ったうえで任意保険に追加請求するための第一歩です。
示談か裁判か ― 判断のためのチェックリスト
ここまでご覧いただいたように、「自賠基準と裁判基準のどちらが被害者に有利か」は、ケースバイケースで結論が変わります。判断を誤ると数十万〜数百万円単位の差が出ますので、必ず両方の試算を行って比較することが不可欠です。
弁護士として日々の相談で使っているチェックポイントを、以下にまとめます。
▶ 「自賠基準の方が有利かも?」を疑うべき8つのサイン
- 事故の過失割合で、自分側が5割を超えそう
- 事故当時、パート・アルバイト・無職・専業主婦だった
- 個人事業主で直近の確定申告が赤字、または未申告
- 年金生活者、または定年退職後である
- 事故で大怪我はしたが、仕事や家事にほとんど支障が出ていない(収入減もない)
- 治療費・通院交通費だけで既に100万円を超えている
- 加害者が任意保険未加入(自賠責しかない)
- 保険会社から「裁判基準での提示は難しい」と繰り返し言われている
※1つでも該当するなら、安易に訴訟提起する前に、必ず自賠基準でのシミュレーションを取ってください。
弁護士として率直に申し上げると、過失の大きい被害者に対して「裁判すれば増えます」と説明する弁護士には注意が必要です。過失が7割以上あるケースで裁判に持ち込むのは、被害者の救済に逆行する結果を招きかねません。セカンドオピニオンを求めることを強くお勧めします。
まとめ:被害者に有利な方を「選ぶ」ことが最優先
今回は、裁判基準よりも自賠基準の方が賠償金額が高くなるケースについて解説しました。ポイントを整理すると次のとおりです。
- 裁判基準が常に最高額、というわけではない。自賠基準は定額ルールのため、実損が小さい/過失が大きい被害者に有利に働くことがある
- 最高裁平成18年3月30日判決・同平成24年10月11日判決により、自賠責の支払基準は裁判所を拘束しないことが確定している=裁判で争うと自賠責より減額される危険がある
- 判断のためには、「自賠基準での試算」と「裁判基準での試算」の両方を必ず作成し、過失相殺後の金額で比較する必要がある
- 過失7割以上のケース、実収入が日額6,100円以下のケース、赤字の個人事業主などは、特に「逆転現象」が起きやすい
示談で早期解決すべきか、裁判で争うべきか、判断に迷う微妙なケースでは、裁判を起こす前に必ず交通事故を専門とする弁護士に相談することをお勧めします。
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